ん、日本ではこんにちはですね。
「次の授業までまだ一時間あるーーー」と思って、ゆっくりランチタイムをしていたら、時計を一時間見間違えてました。nikoです。
ふーーーー危なかったーーーー。
しかし、完全アウトだったのが、
Chineseの先生との、アポイントメント。ごめんなさい


ってことで、明日に変更してもらいました。
おかげさまで、お昼ご飯をちょっとしか食べれなかったから、
おなかが空いて、夕ごはんを食べすぎた

と思ったのに、体重は朝計ったときよりさらに減ってるという・・・。
授業が始まって、一週間たちますが、
やっと5つ授業すべての教科書がそろいました。
授業始まってるって言うのに、Bookstoreが教科書おいてないっていう教科が2つもあって・・・今日朝一でやっとそろいました。
今学期の教科書の合計金額約400ドル

なんか、だんだん高くなってきているような、いないような。
ありえないわ〜。。。
しかも、中古が1個しかなくて、あとは新品で買いました。
お願いだ〜終わったら高く売れてくれ〜

そういえば、今週の木曜日7日は、旧正月らしいですね。
2つあったChineseの授業でともに話題になりました。
うちの学校は、宗教とか、民族とかに寛容らしく、
宗教関係で・・・、などの理由で学校を休んだ場合には、ペナルティーなしだそうです。教授も同様に。
だから、木曜日はChinese関係の授業を休業にする中国人の先生もいるようです。
今日の中国語のほうの先生は、次の授業、New Year Eveだから休みにしたいわねぇ〜なんていってましたが、そんなことしてたら授業遅れてしまうので、休みなんかにはしません。
話は変わりますが、
最近私の就寝前の読書はDSの文学全集。
せっかく持ってきたのだから読まなきゃって言うのもあるのですが、
何がいいかって、
DSの画面が光っているから!いままで、本を読みたいときは、
ルームメイトが寝ているので部屋の電気は付けられず、暗い部屋の中、デスクランプのもと机に座ってしていたんですね。
その場合、「さあ寝るか」と思って、机から立ち上がり、伸びをして、べッドに入ると目が覚めてしまうのです。
しかし、DSなら、布団に入って暗い中でも読書可能!(目が悪くなりそうですが)
眠くなったら、DSをパタンして、おやすみ〜。
いやぁ〜便利な時代になったもんだ。100冊もの本を、トランクいっぱいに詰めてくる必要もないしねw
三つ子の魂百までとはよくいったもので、
中学時代に習った「坊ちゃん」や高校で習った「山月記」よりも、
小学校の頃習った「ごんぎつね」いちばんよく覚えておりました。
しかし、今また読み返してみるのもいいものですね。
また30年後に読み返してみると、違った印象を受けるのでしょうか?
そういえば「山月記」を習った時に、
自尊心とか羞恥心とか言う場面で、思わず授業中に涙が出てきたという記憶があります。
今となっては、どうしてそのとき涙が出てきたのかなんて理由はわかりませんが、
当時は当時なりに考えることがあったのでしょうか。
自分では、当時のままの自分から変わっていない気がしますが、やっぱり感性とか、そういったものは、成長するにしたがって変わってくるものなのですね。
またまた、話は変わりますが、
いま、Chineseのクラスを取っていて、また、日本から持ってきた般若心経の本を読んでいて、気付いたことがあります。
それは、「無」とか「空」という概念。
もとをたどれば、同じところから出てきたものなのかもしれませんが、
私にとっては、なんだか懐かしいようでもあり、新鮮な感じもします。
確かに、私のとっている易経のクラスも、読んでいる般若心経の本も、知る必要はない、知らなくても生きていけるし、知っているから得をすることも無いかもしれない。
だけど、なんだか、マイナスな考え方を変えてくれるいい機会にはなっているような気がします。
信じるとか、信じないとか、そんなんじゃなくて、
要するに、日々生きていく中での気持ちの持ちようしだいで、
毎日の生活が、楽しくなったり、つまらなくなったりするんだなって思います。
つまり、「あぁ、こんな考え方もあるんだな」ってそう考えるだけで、世界の見え方が全然違うものになったりする。
そんなことも考えてみるだけで、なんだか、楽しい毎日です。