もう、今年ももう少しで終わりですね。
も〜い〜くつ ね〜る〜と〜 お〜しょ〜う〜が〜つ〜
です

もう、あとは、クリスマスとか、帰国とかで、ゆっくり一年を振り返ってる時間がないかもしれないので、
今、振り返っておきたいと思います。
今年は、本当にいろいろありました。
この19年と半年いきてきて、いちばん忙しい年だったと思います。
そして、これからの人生で、この2006年という年は、ずっと忘れられない年だと思うし、いちばん大切にしていきたいと思う年でもあります。
1月
まだ、高校生でしたね。自分、若い!
セーラー服とか着てましたからね。
周りのみんなが受験勉強で一生懸命な時に、私はのんきなものでした。
もう、
留学することは高校は行った時から決めてたから・・・
でも、高校3年は本当に悩んだ。
小学校の時から、アメリカで映画の
勉強したいっておもって、ずーっとそのつもりで過ごしてきて、
高校3年になって、その夢が実際目の前に迫ってきて、
本当に、これでいいのか、
いろんな人に迷惑かけて、心配かけてまで、この道を行く価値はあるのか。
自分にそんなことやり遂げられるのか。
真剣に悩んだ。
もう、3年の春の段階で、CSULBに入学することは決まってたから、引き返せないことはわかっていたけど、
実際に決まってから、
本当に苦しかった。
人と違う道を行く怖さと、途中で自分が負けてしまうんじゃないかという怖さ。
家族の前では、友達の前では、夢を語って、いかにも、自分は自分だ選んだ道、自身持って進んでいきます!っていう態度を見せてたけど、
実際すごく怖かった。
毎晩毎晩悩んで悩んで、毎日のように涙を流した。
海外にきたことのなかった私が。
親元を離れたことのなかった私が。
突然飛び込んで、アメリカで生きていけるんだろうか。
部活で「おかあさんみたい」っていわれて
友達に「頼りになるわぁ」っていわれて
周りの大人に「しっかりしてるねぇ」っていわれて
だけど、本当の私はそんなんじゃない。
本当は臆病で、弱虫で、泣き虫で、意気地なしで、卑怯で・・・
だから、すごくすごく怖かった。
日本の大学生として、みんなと一緒に受験勉強していたら、どんなによかっただろうって何度も思った。
それを強く感じるようになったのが、この1月という時期でした。
2月。
半ばから、学校が自由登校になって、もうすぐ卒業なんだって淋しくなった。
学校のみんなは、センター試験が終わって、2次試験に向けて
追い込みの時期。
もう卒業なんだぁ。さみしいなぁ。って感傷にふけっていたら、母に「あんたはそう思うかもしれないけど、みんなは今必死なんだからね」と言われた記憶があります。
そうなんですよね。
進路が決まっていた私だから、そんなことがいえたんです。
でも、私は「卒業する=みんなと離れ離れになる=さみしい」って言うのもあったけど、「卒業する=アメリカに行く」というのがやっぱり心の中で引っかかるものがあったんです。
そして、まだみんなが勉強してる中、自動車学校に通い始めたのがこの時期です。センター推薦で進路が決まった友達と一緒に入校式に行きました。
あと、NOVAが終わったのもこの時期でした。今思えば、渡米直前まで続けとけばよかったと思いますが・・・
3月。
卒業ですね。
クラスで1番じゃないかというほど、号泣しました。
これも、一部は、前に書いた理由と同じ。みんなとはなれるのが辛いって言うのももちろんだけど、高校3年間本当にいろいろと悩んで、
それでも、まだこの時点で、自分の進路に自信がもてなくて、
でも、卒業して、自分の決めた道に進まないといけなくて・・・
そんな思いの涙でもありました。
卒業後には、留学機関が実施した国内
語学研修合宿。
11月から毎週スクーリングという形で、同じようにアメリカの大学へ進む人たちと会っていたけど、この合宿はすごく刺激を受けました。
同じような進路の人たちと、5日間丸々24時間一緒にいるわけです。
中には、ずーっと勉強してる人、すごくしっかりしてる人、夢に向かって一直線な人。いっぱいいました。
今考えると、みんな私のように不安なところもあったのかもしれません。でも、その頃の私には、みんな自分の進路に胸を張っているように見えて、自分が情けなくなって、でも、その中でやっていかなければいけない。だから、もっと自分に厳しくならないとって思ったきっかけになったのがこの合宿でした。
この合宿では、一緒に渡米してきた7人のうち、渡米して、3ヶ月間Residenceにすんでいたときのルームメイトだった1人と知り合って、部屋も同じだったし、ちょっと心に余裕ができ始めた時期です。
半ばになると、受験生だったみんなも2次試験を終えて、結果が出始めました、よかった人も、だめだった人もいます。
でも、みんな、高校時代は私なんかよりもずっとずっとがんばってた。
すごいと思いました。
受験が終わったみんなと、たくさんたくさん遊んだのもこの頃。
カラオケ行ったり、遊園地行ったり・・・
高校3年間燃えた部活の定期演奏会にOB演奏として参加して、
大好きな1年下の後輩たちの涙の引退をこの目で見て、
自分が引退して、もう1年になったのかと実感。
そして、もうOB演奏にも4年間は出られないというむなしさも感じました。その分、最後の演奏は本当に楽しんでやりました。
4月。
高校の友達はどんどん大学に入学していきます。
みんな忙しくてなかなか会えない。
兄が車で事故を起こしました。
11月から続いていた留学機関のスクーリングも終わって、
TOEFLを受けたり、渡米準備をそろそろ始めようかという時期。
高校にいって、3年の時担任だった先生のクラス(1年生)にいって、
高校3年間どうだったか。
自分がどうしてアメリカ留学を決めたのか。
について、まだ、入学して間もない1年生にお話をしにいきました。
実際、それまで、なんとなくですごしてて、
そんなことについて、真剣に考えたことなかったけど、
話をするために、自分なりに考えて、やっと、今まで不安だった「留学」という2文字と向き合えるようになってきて、
「一年生にちょっと話をしてやってくれないか」という話をいただけて、本当によかった。
そして、このブログのほんとに最初のほうにかいた結団式があったのも5月。今では、冗談言い合ったり、くだらないことを話している一緒に渡米した7人(1人を除いて)と始めてあったのもこのときです。このときはほとんど話しなんかしなかったし、渡米して、ここまで深い関係になるとは思ってなかった。でも、今でもこの7人は、最近なかなかあえなくなっちゃったけど、アメリカでいちばん大切な存在だし、頼れる存在。みんな大好きです。この結団式では、留学した先輩の話などを聞いて、本当に現実が目の前までやってきたと感じました。
5月。
とうとう渡米の月ということで、たくさんの友達が、忙しいスケジュールをぬってあってくれました。そして、たくさんの励ましの言葉ももらいました。
みんなのおかげで、ほんとに励まされたし、大学行ったり、会社で働いてたり、夢にもう一度挑戦するためがんばってるみんなの姿を見て、アメリカでもがんばらないとなって思いました。
そして、この月の21日に渡米したわけです。
6月。
早速ですが、アメリカに来て
はじめての誕生日。
まだ渡米して2週間のとき、一緒に来たみんなが
お祝いしてくれました。
本当にうれしかった。そして、驚いた。
みんな、ありがとう。
ALIの授業も始まっています。
初めてすべて
英語で受ける授業。
一緒に来たみんなとは別々のクラス。
自分の英語力のなさにも落胆しました。
いろんな国から来た友達ができました。
はじめは観光気分だったのが、だんだんここを生活の場として考えれるようになりました。
7月。
ALIの授業にもだんだん慣れてきました。
7人の中は信じられない位の速さで深くなりました。
いろんなはじめてなこと、たのしいことを経験しました。
ペットの犬がなくなりました。
8月。
ALIも早卒業です。
クラスの友達が遠くへ行ってしまいました。
3ヶ月住んだResidenceからI Houseへの引越し。
ほぼ家族同然で住んでいた7人も離れ離れ。
初めてのカリフォルニアディズニーランド。
正規授業が始まりました。
最初はついていけるか不安で仕方なかった。辛かった。
ルーミーが来ました。
初めて知らない人とルームシェア。
9月。
まだまだ不安は尽きません。
Conversation LABにいったり、Language LABに行ったり、自分に厳しくなろうと必死で、結局疲れてしまいました。
10月。
祖父がなくなりました。
何もできなくなりました。
それでもやらないといけないことはたくさんありました。
すこしずつまた元の生活に戻っていきました。
Halloweenで初めてクラブにいきました。
ルーミーにサンディエゴに連れて行ってもらいました。
11月。
映画に出演することになりました。
授業にもだいぶ慣れてきました。
英語で授業を受けるとこが普通になりました。
12月。
祖母がなくなりました。
また、何もできなくなりました。
それでも、やっぱり、やらなければならないことがたくさんありました。
映画の撮影が終わりました。
THEAクラスのみんなの優しさを痛いほど感じました。
友達の暖かさを痛いほど感じました。
日本に早く帰りたくなりました。
Finalが終わりました。
今日、キムチ鍋をしました。
26日に日本に帰ります。
こうやってまとめてしまうと、これで終わってしまうけど、
本当にいろいろなことが起こった。
いろいろな意味で成長できたと思うし、
考えさせられることも多かった。
2006年は本当にいろんな意味で、大切な年です。